BOOK
------------------------------------------------------------
著:紅サマ
日は昇っているが、空気は冷たい。
地面はどこも白く染まっている。
人が歩くと足と同じ大きさのくぼみができて、すぐに上から降ってくる雪がそれを埋める。
白の単純作業の繰り返しは地面だけでなく、町全体さえ包み込む。
トール、オーディン、フェンリル。
三国の中でも一番の寒冷地、フェンリル。
そのフェンリルの中でも厳かな雰囲気を保った建物があった。
近辺には兵士や、一般には見られないような警戒体勢が伺える。
誰でもそこが一国の軍事的拠点であることがわかるような場所だった。
大きく、威圧感がある外観とは逆に、兵士の表情はやわらかい。
原因は軍事において、最高の位にいる者だった。
「〜♪」
とある人物が本を片手に、視線を部屋の窓の外に向けている。
表情はにこやかで、誰がどう見てもご機嫌な状態…
とも言えないかもしれない。
フェン=ビースト
それが彼の名。
いつ、どこにいてもにこやかにしていることが多く
軍事に関わることを携わっていてもそれは変わらない。
次第に周りにいる兵士たちさえも彼の空気に流されていく。
良く言えばリラックス、悪く言えば気が抜けてるとも言える状況だった。
それをわかりやすく反映しているのが、
城の入り口の警備をしているフェンがいる建物の入り口の見張りの兵士だった。
窓からは通常『冷たい』と感じるような空気が流れているが、フェンは心地よさそうにしている。
髪が風でなびき、髪の横では見慣れない大きな耳が数秒おきに動いている。
腰のあたりには尻尾も見え隠れしている。
しばらく風にあたり、一度本を閉じると表情が少し硬くなった。
何度か耳が動き、本に視線を戻しまた窓の外を監視するように見る、
という動きを数回繰り返すと、手に持っていた本を机に置いた。
窓を閉めて、何かに気づいたように扉の向こうに視線を移す。
「・・・・・なんだかいやな予感が;」
鍵を閉めている扉に耳をあて、外の様子を伺おうとする。
部屋の外の廊下、その更に階層が一つ下の廊下から兵士と上司らしい人物の会話が耳に入る。
大きな耳はそれなりの機能を持っているようだ。
「その・・!ここから上は使用されていませんので誰もいないはずかと・・」
「じゃあフェンはどこにいるんだ」
「そ・・・それは・・・買い物にでも行っていらっしゃるのかと;」
「では上の階の部屋の窓が開閉されていたのは自然の風が原因だということだな」
「あの〜・・それは・・・;;」
兵士はかなり焦り気味。
逆に相手は機嫌がよろしくないようだ。
そして兵士の焦りと比例してフェンも焦る。
「ああああ、どうしましょうか;;
だいたい窓を開けたのが、ってそんなこと後悔してる場合じゃなくて、あ〜;;」
窓を確認するが、部屋はだいぶ上の階層にある。
下に見える監視の兵士が自分のこぶしと重ねれば
隠れて見えなくなる様子を見れば一目瞭然だった。
それに出口が目の前の扉、一つしかないことは、フェン自身が一番よくわかっていた。
「にしても早すぎますよ・・・本の一つも読めないじゃないですか・・・」
がっくりとうな垂れながらいろいろな意味で失望した。
半ば諦めながらも、なにかを探しはじめた。
「かくなる上は・・・」
と、押入れから何かを取り出した。
出てきたのは金色にかがやくフライパンだった。
両手でそれを握りしめると、足音を立てないように扉の横に立つ。
少し自分の頭より高い部分にフライパンが来るように、位置を微調整する。
「ですからこの階は使用してませんので…」
「なら私が自ら確かめても問題ないだろう?」
扉の向こうからは階段を上がってくる足音がはっきりと聞こえてくる。
兵士はすでに逃げの一手を打つように話し、
相手は更に声の威厳を増し、今にも怒鳴ってきそうだ。
すぐに兵士の声も聞こえなくなり、足音だけが廊下に響くようになった。
同時にフェンがフライパンをせ〜の、と大きく振りかざす。
すぐに足音が止まると、同時にドアが開いた。
それにあわせてフェンもフライパンを勢い良く振り下ろした。
「フェ〜〜ン゛ッ!?」
フライパンは豪快な音をたて、目の前の男性の頭上をヒット。
一般には大怪我になるか死に至るかを確信させる衝撃音。
男性はバタンとその場に倒れこむ。
「い・・・今のうちに・・・」
男性が倒れたのを確認し、フェンが一歩足を動かすと、
男性は何もなかったように起き上がる。
「フェン、ひどいじゃないか、兄ちゃんを殺す気か」
「う・・・うわぁぁぁぁ!!」
すぐにフェンはフライパンを投げ出し、半泣きでその場を逃げ出す。
フェンの早さも尋常ではなかったが、
対する男性は更に速いスピードでフェンを追いかける。
廊下の端に到着する手前でフェンはつかまり、
そのままずるずると部屋に引きずられるように戻された。
フェンが男性に、元々いた部屋に戻されると、部屋のドアは閉められた。
傍から見れば拉致されたようにも見える。
部屋に入ると、男性は笑顔で窓の外を見る。
男性もフェンと同じように、大きな耳と、尻尾を携えている。
今の彼の尻尾は大きく横に振られ、まるで子犬が喜んでいるようだった。
フェンと対峙するまで保っていた威厳はどこかに消え、今は無邪気に楽しんでいるようだ。
身長はフェンよりも大きく、髪は長い金髪。
髪の分け目は、ちょうどフェンと正反対の位置にある。
「ガルフ兄さん・・・・今度は何ですか」
ガルフと呼ばれた男性とは逆に、フェンはかなり不機嫌。
男性の名前はガルフ=ビースト。
フェンとは兄弟の関係であり、弟のフェンの悩みの種の一つでもある。
「ん?その前に、何で兄ちゃんの部屋から一番遠い場所に部屋を移すんだ?」
「こうやってあなたが僕の部屋にすぐに侵入してくるから・・・」
「兄ちゃんは寂しいぞ〜;兄弟の仲じゃないか〜v」
「・・・・・」
ガルフはやや涙声で、フェンは膝においていた握りこぶしを震わせている。
どうやら怒っているようだ。
何かを言われるたびに、首はだんだん下にうな垂れ、体の震えが大きくなっている。
目の前の机に置いてあったマグカップが揺れる頃には、
ガルフの声は左右に通り抜けるだけになっていた。
そんなことはお構いなしに、ガルフはフェンに
「ということだから次からは一緒の部屋にしようなっ♪」
と言いながらフェンに抱きついた。
言葉が途切れると同時に反論しようとしていたフェンは、
完全に不意をつかれ、まともにガルフの抱きつき攻撃を受けてしまった。
「あ゛〜〜〜〜!!!
そういうことばかりするから僕は兄さんのことが嫌いなんですよっ!!」
と、さっきの金のフライパンをもう一度ガルフの頭に、今度は縦の状態で振り下ろす。
それでもガルフを止められない。
ガルフはじゃれている程度だったが、
フェンにとっては生死をわけた攻防(?)にも感じられていた。
結局それは約十分間続いた。
**********
「で、何の用なんですか・・・」
「そうだそうだ、忘れるところだったじゃないかw」
「いっそのこと忘れてください」
ガルフは楽しげな様子で懐から何かを取り出し、
目の前ではフェンが肉体的にも、精神的にも瀕死の状態でそれを見ていた。
対してガルフは息ひとつ荒くすることなく、
服の内ポケットから、淡々と何かを取り出して行く。
出てきたのは古ぼけた紙や本。
本の表紙はかすれて読めなくなっており、
元々の色が白だったか、茶色だったのか、それとも別の色だったのかは見当もつかない。
満足げに笑うガルフの前で、フェンはいかにも嫌そうな表情を浮かべていた。
「それらしいだろう?」
「そうですね」
「なんかありそうだろう?」
「そうですね」
フェンは淡々と話を流す。
話を流されているのをわかっていながら、ガルフも淡々と続ける。
ガルフにとって、重要な点は、少し違う点にあるようだ。
「さて、ここで問題♪これはなーんだ?」
「(なんでこんな嬉しそうなんでしょうね・・・)え〜・・・と、古文書かなにかですか?」
「う〜ん、減点2点だな」
「それじゃあ呪文書ですか?」
本の裏や中身を見ながらそう答えると、ガルフが本をフェンから取り上げた。
「ご名答♪」
嬉しそうにガルフが笑顔で言う。
本を自分の手に戻したガルフは、手際よくページをめくる。
「考えてみれば不思議と思わないか?自然のほとんどは各々を司る存在がある」
「そうですね。それがどうかしましたか?」
「それを組み合わせるということを実際にしてる人がいないんだ」
「そういえば・・・・・そうですよね?呪文も属性が決まってるわけですし」
「そ・こ・で・だ♪古い書物を調べていたらこんなのが出てきたんだv」
と言って、楽しそうに本を閉じて、もう一度フェンに見せる。
同時にフェンは何かを感じ、全身に寒気を感じていた。
「つまりは禁呪、その中でもこれは少し特殊で、時間や空間の法則を無視して…」
「ちょっとトイレ・・・」
ガルフが楽しそうに呪文のつくりや理論を説明し始めると、
フェンは横からこっそり部屋を出ようとした。
が、ガルフが本を持ちかえ、逃げようとするフェンの尻尾をつかんだ。
バタンと倒されると、そのまま部屋に無理やり戻される。
ガルフは視線を本から変えずに、本に書かれている内容を読み続ける。
「…で、兄ちゃんもフェンも知ってる場所に行けたり、まったく知らない場所に着いたりできる呪文なんだ」
本を閉じて、机の上に戻すと、倒れたままのフェンの頭をなでる。
「つまり、絶好の遠足呪文ってことだ♪」
「うぅ・・・・」
「フェン?嬉しすぎて泣いてるのか〜?」
「無罪で死刑を執行される境遇です・・・」
泣きながら答える。
ここでもう一度逃げ出さないのは、
結局ガルフから逃げれないことを身をもって体験しているからだった。
結局、机の前に座りなおす。
すぐにガルフが簡単な説明を始める。
今回は覚悟を決めたのか、フェンも大人しく聞いている。
「簡単に言うとさっき説明した通り、時間と空間の二要素を超越できる呪文なんだ。
ただし、その効果範囲が厄介でな、術者の半径3m以内と
その範囲にいる者が思い浮かべた人物、というものなんだ」
「それはまた厄介なものですね・・・僕は行きたくありません」
「な〜に、呪文で飛ばされた場所で二時間ぐらい散歩を楽しむだけさ♪」
果たして二時間が何倍に延びるのか・・・。
「どうせなら友達も一緒に連れて行ったらどうだ?」
「友達?」
「大勢で行ったほうが楽しいだろう?」
ガルフはにこにこしながらフェンに尋ねる。
フェンは思わず何かを考え始める。
それを見計らい、ガルフが呪文の詠唱を始めた。
できる限りの小さな声で。
一方でフェンは様々な人物を思い出しながら、
最終的に二人の人物を頭に留めていた。
それに伴って、他にも色々なことを考えると、
すぐそこのガルフの詠唱も耳に入らなくなっていた。
「よ〜し、それじゃあいくぞ?」
「え?」
気付いた時にはガルフの詠唱はほとんど終了した状態だった。
既にガルフの手のひらには光の紡ぎが現れていた。
フェンもあまりに突然のことでぎょっとする。
頭の中には二人の姿が浮かんだままだった。
「ちょっとまっ・・・!!」
フェンの声はガルフの耳に届かず、光は部屋全体を包み込んだ。
光が消えた頃には、フェンとガルフの姿は部屋にはなかった。
「何かありましたかっ!?」
光を見た兵士がすぐに部屋の扉を開ける。
しかし、部屋には誰もいない。
窓は開けっぱなしで、比較的新しい本が机の上に置かれている。
「あれ?確かにさっきガルフ様がここに入っていったはず・・・」
兵士は不思議そうに部屋を見渡す。
普段は誰も使っていないのか、細かい物は一切置かれていなかった。
ただ置いてあるのは一つの本だけ。
「本も片付けずにどこに・・・ん?」
本を片付けようと、何気なく手にとってみると、ふわりと一つのメモ用紙が落ちてきた。
紙はかなり汚れていて、今にも破れそうだ。
そこにびっしりと何かが書かれている。
字はかなり整っていて、字を覚えて間もない子供が読んでも朗読できるだろう綺麗さだった。
しかし、読めるだけであり、内容を理解するには難しかった。
「え〜と・・・別の世界・・・・集める・・・副作用・・?」
兵士は少しだけ読み上げてみるが、やはり意味がわからない。
結局単語を並べることしかできなかった。
軽い部屋の掃除も兼ねて本とメモを元の場所に戻すと、疑問を残しながら部屋を出た。
To be continued........
------------------------------------------------------------
なんと!ラグナロク三人集&ガルフ兄貴の話ですよv
はやくもガルフのブラコンぶりが炸裂していてステキです(笑)
かなりオリジナルに突っ走ってるうちの設定を
ここまで表現してくれてありがとうございます紅さん!
------------------------------------------------------------ |