- テイルズ -




BOOK
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著:紅サマ

風が暖かい
空気が綺麗だ
少し眩しい

まだはっきりしない意識の中、フェンは思った。

静かで
暖かくて
のんびりできる
ほんのひと時でもいい、安らぎを与えてくれる空間

色々な言葉が頭に浮かぶ。
しかし意識がはっきりしていくにつれて嫌なことも思い出してくる。
ここがどこなのか?
どうしてここにいるのか?
冷静に今の状況を把握しようとすればするほど嫌な現実が近づいてくる。
最終的にはある人物の像が浮かんでくる。
金髪で、いつも自分に絡んできて、何をするかわからない・・・

「・・・・う・・」
まだ夢心地のまま、フェンが目を開ける。
視界には暖かな光が目が開けられないくらい明るく映った。
「う〜ん・・・・」
あまりの眩しさに目を閉じ、右手で体を支え、左手で目をこすりながら体を起き上がらせる。
最初に左目を、次に右目をこすり、ゆっくりと目を開く。
暖かく、心地よい風がフェンの前髪を揺らす。
しっかりと体を支えている右手の下には、柔らかい芝生のような草が生えている。
草は自分が見える視界いっぱいに詰まるように生えていて、まるで緑のじゅうたんを見ているかのようだった。
「気がついたか?」
どこかで聞いた声がフェンに話しかけてきた。
意識が十分にはっきりしていないためか、声の主が誰なのかすぐに判断がつかなかった。
「え・・・え〜と・・・」
「大丈夫か?」
フェンは戸惑っているだけなのだが、声の主は少し固い口調で安否を尋ねる。
言い方を変えれば『真剣』な態度で
「え・・・あ・・・大丈夫、です」
「・・・そうか」
少しずつ目を覚ましながらフェンが答えると、声の主は安堵のため息を小さくした後、一言だけ言った。
この状況にフェンは妙な違和感を感じた。
いつもなら・・・・
と、普段の状況をシミュレートしてみる。
無意識に警戒態勢に入っていた体もその違和感に保っていた緊張感をどうすればいいかわからなくなっている。
「えっと・・・ガルフ兄さん・・・?」
目を再度こすって、声のした方向を見る。
そこには確かに自分の兄、ガルフが座っていた。
今まで何年も見てきた姿、見間違うはずもない。
見慣れた金髪と首飾り。
「ん?どうかしたか?」
声もぴったり一致する。
「いえ・・・どうかしたというわけじゃないんですが・・・・」
「体は大丈夫なんだな?」
「はい・・・特には何も・・・」
「そうか」
フェンは服についた僅かな砂を払ったり、両手を広げて立って見せたりして、自分が大丈夫であることを示した。
それを見るとガルフがにっこりと笑って、もう一度小さく息を吐いた。
その時のガルフの笑顔は優しく、逆にフェンを動揺させた。
(な・・な・・・なななにか悪いことでもしたんでしょうか;)
いつもがいつもなだけに急に違う一面を見せられると困ってしまうようだ。
ガルフは普段のようなそぶりを全く見せずに空だけを見ている。
逆にフェンは戸惑ったままガルフの様子を横目でちらちら見ていた。
「あ・・・あの・・・兄さん?」
「ん?」
声の雰囲気もいつもとは違う。
何か落ち着いている・・・でも落ち着きとは違う何かを感じる。
フェンの中の違和感はどんどん膨らんでいく。
「え〜と・・・ここはどこでしょうねぇ?」
何か話さないといけないような雰囲気を勝手に作ってしまったフェンは、とっさに尋ねた。
「さぁ・・・な?」
ガルフは問いかけにはっきりと答えることはせず、そう一言だけ言うと、緑のじゅうたんに体を倒した。
ふわっと金髪が浮いて、ゆっくり緑の上に落ちる。
フェンは黙ってその様子を見ていた。
フェンの視線を気にすることなく、ガルフは空を見続けている。
「やっぱり全く知らない場所なんですか?」
「ああ、兄ちゃんにもさっぱりだ」
魔法を詠唱する前のガルフの説明を大して聞いていなかったフェンは
今の状況が深刻なのかどうかはわからなかった。
しかし、目の前のガルフの姿を見ていると次第に気分が落ち着いてきた。
当のガルフの表情は意外なほどにこやかだった。
今の状況を楽しんでいる、という感じはない。
「それよりも・・・綺麗だと思わないか?」
「綺麗?」
「ああ、ここは本当に綺麗だ・・・・オリジンが森を好きになる理由が少しわかるなぁ・・・」
「森・・・?」
改めてフェンが周囲を見渡してみる。
森とまではいかないが、二人がいる場所は木々に囲まれていて、そこだけが休憩所のように開いている場所だった。
最初にフェンの視界を照らしていた光は木漏れ日だったようだ。
その木漏れ日が気持ちいい程度に草を照らしている。
フェンはガルフの隣に同じように仰向けになると、同じように空を見た。
「そうですね・・・静かで・・・気持ちよくて・・・」
「何よりも・・・・いや、これは言わないでおいた方がいいかな」
「え?何ですか?言わない方がいいって」
「いや、とりあえず今は考えない方がいいってことさ」
ガルフは少し笑いながらフェンにそう言った。
「やっぱ・・・気になるじゃないですか」
フェンもクスッと小さく笑った。
しばらくの間、二人は空を見ていた。
「そういえば戻る方法はあるんですか?」
何かを思い出したようにフェンが尋ね、同時に起き上がる。
「ん?ああ、一応な」
「最初にどうすればいいんですか?」
「まず同じ空間からこの空間へ飛ばされた人物を集めること、だな」
「同じ空間、と言うと『同じ世界』ということですか?」
「そう、例えばオリジンやフラムベルクだな」
ガルフが話の流れでフッと二つの個人名を出した。
すぐにフェンの表情が変わった。
不意に何か痛いところを突かれたようだ。
表情を察すると、ガルフがにこにこし出す。
ひょいっと仰向けの状態から起き上がると、フェンの方向を向いてあぐらをかいた。
「兄ちゃんはフェンの兄ちゃんだぞ?フェンの考えていることぐらいお見通しさ」
にこにことしながらそう答える。
フェンは思わず目をそらす。
(ということはオリジンとフラムベルクもここにいるということですか・・・)
目をそらしながら二人の状況を考えてみる。
片方はそこまでじゃないかもしれないけど片方の反応は手に取るようにして浮かんできた。
「いいから探しに行くぞ〜?」
「ちょ・・・ちょっと吐き気が・・・」
「ま、覚悟しておくことだなwエクスプロードでもやってきたら兄ちゃんが回復してやるからな♪」
ますますガルフが楽しそうな表情になっていく。
好対照(?)にフェンの顔色は青ざめていく。
(エクスプロード一発ぐらいで済めばいいんですが・・・;)
自分もガルフの道楽の被害者ということをすっかり忘れて、
これから確実にやってくるであろう報復の程度を考えるフェンだった。

ガサッ

二人のいる場所の背後から何かが動く音が聞こえた。
音源がすぐ近くにあることと、その耳からその『何か』が
どれくらいの大きさなのかぐらいは、二人にはすぐに判断がついた。
サッと二人とも戦闘体勢になる。
数秒間、様子を見るが、相手側は動こうとしない。
二人は未知の世界にいるということで普段より警戒を高めていたが、すぐに状況を察した。
「敵意は・・・ないみたいですね」
先に口を開いたのはフェンの方だった。
接近戦を主としてるだけ、戦闘においての状況判断はわずかながら
ガルフよりも研ぎ澄まされているようだ。
「でっかい熊かなんかか?」
「そうだとしたら逆に襲ってくるんじゃないですか?」
「そうだな」
体勢を戻すと、その場の状況を判断しながら話し合いを始める。
色々な案が出てきたところでもう一度ガサッと音が聞こえた。
今度は戦闘体勢になることなく、様子を見る二人。
「・・・あの・・・・モンスターじゃ・・・」
音がした方の茂みから子供の声が聞こえてくる。
少し驚いているが、怯えている様子はない。
「・・・モンスターではありませんよ」
二人は一度お互いの顔を見ると茂みの向こうへ話しかけた。
すると茂みの向こうから一人の少年が姿を見せた。
手には細長い棒を持っていて、先端が少し鋭く切ってある。
「あなたは?」
「ぼくは・・・レンズを探しにきたの」
「レンズ?」
「お兄ちゃん達は"ぼうけんしゃ"?」
「一応そういうことになる。正しくは旅人だな」
「"たびびと"?」
少年は不思議そうに言葉を繰り返しつぶやいてみる。
「・・・"ぼうけんしゃ"じゃないの?」
「ある意味では冒険者かもしれませんけどね」
「ん?それが楽しいんじゃないか」
「こっちは迷惑ですよ。でも君はなぜこんな所に?モンスターが出るのなら危ないじゃないですか?」
フェンがやや訝しげに少年に尋ねる。
「ぼくは"ぼうけんしゃ"を探しているの。それにはお金が必要だからレンズを探しにきたの」
少年はそう答える。
何を言っているのかわからずフェンが一度ガルフの方を見直す。
ガルフは首をかしげながら「さぁ?」と答えた。


*************


「・・・それでレンズと言うものを探しているんですね」
「お兄ちゃんたちはたびびとなのに知らなかったの?」
「それが私は何度も旅を重ねているのだが、そっちの方が旅なんていうものが初めてでな」
「そうなんだ・・・じゃあ"ぼうけんしゃ"って知ってる?」
「ぼうけんしゃ・・・というと冒険者のことですか?」
「う〜んと・・・"ぼうけんしゃ"は"ぼうけんしゃ"」
結局、二人は少年を守る形をとりながら、まずは森かも林かもわからないその場所を出ることにした。
歩きながら少年から話を聞こうとするが、それらしい答えは一向に返ってこない。
むしろ謎が増えるばかりだったが、反面では安心していた。
最初、フェンは警戒を解かずに少年を見ていたが、予想していた『最悪の事態』にはなる様子を全く見せない。
ガルフも笑顔で会話に参加しているが、僅かな確率を残した
『最悪の事態』に備えていつでも戦闘に入れる状態を保っている。
しばらく同じように歩き続けるが、少年の様子は全く変わらなかった。
少年にとって、話の核は常に"ぼうけんしゃ"であるらしい。
「そういえば、レンズというのはどういう風に手に入れるんだ?」
ガルフが唐突に話を変えた。
(そ、そんな質問したらこっちが怪しまれるじゃないですか!?)
(まあ見てろってv)
アイサインをしながらフェンがガルフを見る。
口に出していればきっとこう言ってただろう表情を見せる。
ガルフも同じようにそんな感じの言葉を言うようににこっと笑う。
「え〜とね、"もんすたー"を倒すとレンズが出るって聞いたよ」
「モンスターか・・・・・」
「でもまだモンスターとは一度も会ってませんよ?」
何気なくそう言うが、二人にはその原因はわかりきっていた。
二人は少年を守る形をとるようにした時、魔力だけ少し強めに放出するようにした。
周囲にはいくらかの気配があったが、魔力を放出するようにすると気配の大半は消えた。
当然、モンスターの大半もこれで近づくことがなくなった。
逆に言えば、それは少年に対しても警戒を続けていることに繋がる。
「きっとお兄ちゃんたちがいてくれるからだよっ♪」
少年は無邪気に微笑みながら二人にそう言った。
モンスターからレンズが出る、ということを聞き、少し考え込んでいたガルフは
(フェン、少しの間その子を頼むな)
とフェンに小声で言うと
「そういえば近くにいい薬草があるんだ。採ってくるから先に行っててくれ」
そう二人に言ってどこかに行ってしまった。
「・・・・・(あの顔は何かを思いついた時の顔ですね)」
「ねぇ、あのお兄ちゃんだいじょうぶなの?一人じゃあぶなくないかな?」
「いや、ああ見えても戦闘に関しての腕はありますから大丈夫ですよ」
少年はフェンに心配そうな顔で言ったが、フェンは笑顔で答えた。

しばらく歩くと視界が広くなった。
向こうには海があり、水平線が見えるまで青が広がっている。
今まで歩いていた道は緑色から薄い茶色に変わり、
遠くに見える城のような大きな建物まで続いている。
「そういえば君の家はどこなんですか?」
「ダリルシェイドだよ」
「というと、あの城が見えるところですか?」
フェンは半分当てずっぽうで少年に尋ねてみる。
少年はそうだよ、と答えると自分の家がどこにあるのか、ダリルシェイドがどういう街なのかを説明し始めた。
話を始めるとその場に座り込んでしまったので、フェンもその場に座って話を聞く。
しばらく少年は色々な話を続けた。
その中にはこの世界のことや今いる場所のことも含まれていた。
要点をまとめればフェンには十分すぎるほどの情報が入ってきたともいえる。
「お〜い、二人とも何やってるんだ〜?」
ちょうどその時、ガルフも森から姿を見せた。
「今この子からいろいろ聞いてるところです」
「そうか。あと今日はまだ薬草が生えてなくってな、採ってこれなかったんだ」
「それよりもお兄ちゃんは大丈夫なの?」
「こう見えても体だけは丈夫だからな、この通り健康そのもさ」
「そうじゃなくて、怪我はなかったのか、ということですよ」
「ん?薬草採りに行っただけで怪我をするはずないだろ?」
そう言いながらガルフが腰に提げていた小さな袋を手に取る。
「あれ?そんなの最初からつけてました?」
「いや、これは薬草が採れなかったほんのお詫びだよ」
袋を少年に手渡すと袋を開けてみるように言った。
袋の中には100枚ぐらいの透明なもの、レンズが入っていた。
「うわぁ・・・こんなにどうしたの?」
「途中で拾ってな、薬草のお詫びだ」
ガルフはにこっと笑うと袋を閉じた。
袋を縛ってあった紐を結んで小さな円を作ると、少年の首にかけてあげた。
「落とさないように、こうしとくからな?」
「うん、ありがとう!」
少年は嬉しそうに袋を両手で包んだ。
隣でフェンが嬉しそうな表情でそれを見ていた。
「? 兄ちゃんの顔になんかついてるか?」
「いえ、別になんでもありませんよ」
「う、そう言われると気になるじゃないか」
「だからなんでもありませんって」
笑顔で答える。
「さあ、それじゃあ行きましょうか」
「そうだな」
行き先はわかってなかったが、ガルフは相槌をうった。
同時に少年をひょいっと持ち上げて、肩車をした。
「うわっ、急にどうしたの?ぼくまだ疲れてないよ?」
「いやいや、子供は遠慮すべきじゃないぞ?その代わり、ちゃんと目的地まで案内してくれよ?」
笑いながらガルフが言うと
「・・・うん♪」
少年も笑顔で答えた。

まったく・・・・そういう所は兄さんらしいと言えば兄さんらしいですね。

フェンはにこやかなまま思った。
「フェンも今度してやろうか?」
「いーえ、僕は遠慮しておきます」
「そうか?昔はよくやってやったのになぁ」
「お兄ちゃんも昔はかたぐるま好きだったの?」
「え?僕は肩車なんてされた覚えありませんが?」
「よくしたじゃないか〜、まだフェンが小さかったころだけどな。忘れちゃったか?」
三人は談笑しながら一路ダリルシェイドを目指した。


To be continued........

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第一話とはうってかわって(笑)理想的な兄のガルフですv
こんなほのぼのビースト兄弟もいいですねv
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